幸福の自覚(庭のアスパラ、スナップえんどう)

JUGEMテーマ:食生活

 

 

祖母の家庭菜園は凄い。毎年、特に夏にはきゅうりやオクラ、ねぎ、トマト、レタス、バジル、紫蘇など、様々な野菜がぽこぽこ実る。そしてそれを自慢するようにおいしく料理し私に振舞ってくれる。採れたての野菜は色鮮やかでパンパンに瑞々しい。

先日祖父母宅で祖父に「庭見てみ」と言われて見ると、アスパラとスナップえんどうがたわわに実っていたので歓喜してしまった。私は春野菜が何よりもの好物だが、その中でもこの2つは特別好きだ。

 

オリーブオイルで炒めてくれた。宝石のような見た目にまずアガる。

オイルと塩コショウを纏い、太陽の光を反射してきらきらに輝き、太らした身を見せつけながら「食べてね」との誘惑にたまらず口に入れるとアスパラはまさしく春の味!甘くほろ苦く、柔らかい。少し焦げ目がついているのも香ばしくていい。スナップえんどうのさやは歯切れがいい。少し歯を立てただけでぷりんぷりんの豆が飛び出し、弾けると、甘くてこれまた可愛らしい春の味が口に広がった。

 

「採れたての何か」以上のご馳走などあるのだろうか。子供の頃母とフランス人のシェフの料理教室へ参加した。そのときの先生が、丸焼き用の鶏の体内から取り出した卵で作ってくれたゆで卵。あれを食べた時の感動は一生忘れられないと思う。味覚も発達していない子供の舌が、美味に打ち震えた。また、鶏の体液に濡れた卵を見て、そこで初めて食べ物と生物がリンクし、「鶏さんごめんなさい」と少し青ざめた。あの体験は貴重だった。食べ物を残さない、食べもので遊ばない。途端にこの言葉が重く感じた。そして新鮮な食べ物の美味しさを知った。我ながら、食育としてこの上なく理想的な機会だったと思う。

私が初めて鶏の体温が残る卵を目にした時のように、食において自然や生理に近づくこと、その最も人間らしい瞬間が、自分に限らず人々においてどれほど麻痺しているのだろうか。パック詰めされた肉、魚、野菜を見ているだけでは、食に対して人間が抱くべき感謝、怯え、祈りなどの感情や想像力が痩せ細り、しまいには食に無関心になる。それではいけない。自然と生産、食事を繋げる意識を持つべきだ。だって人間だもの。………脱線がひどいのでこのへんで終わりにする。何が言いたいかというと、私だってスナップえんどうを育てたいということだ。来年の春はチャレンジしたい。そのために、南向きの日当たりのいい部屋に引っ越したい。以上。

 

 

 

 

 

 

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